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ネットでふと、不思議な形の花の写真を見かけた。「変化朝顔」というらしい。
え、これが朝顔? と衝撃を受けた。普通の朝顔は大好きで、育てたりするけれども、いろんな形のものがあることは、全然知らなかった。

「変化朝顔は、江戸時代からある文化なんですよ」と、変化朝顔研究会・伊藤重和さんが教えてくれた。

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変化朝顔ファンなら誰でも入会可能な、変化朝顔研究会。今回は6月末に浅草・台東区立台東文化会館で行われた、例会にお邪魔してお話を伺いました。この日は、まだ花の咲いていない、本葉の品評会が行われていました。

「朝顔を愛でること自体は、平安時代からある文化なんです。
『平家納経』っていう、平清盛が厳島神社に奉納した写経があるんですけど、その写経を包んであった紙に、朝顔らしきイラストが描いてあるんですよ。これが今のところ朝顔が描かれた最古の資料で、900年ほど前ですね。
でももっと前から、貴族の人は愛でていたんじゃないかな。朝顔ってもともと1100〜1200年前に薬草として中国から輸入されてたものだけど、朝咲いて散ってしまうはかなさも、花鳥風月を愛する日本人好みだしね。
『利休の朝顔』っていう、有名なエピソードがあるじゃないですか(千利休の庭に朝顔が咲いたと聞き、豊臣秀吉が出向くと、庭の花は全部摘み取られ、茶室に一輪の朝顔が生けてあったという話)。安土桃山時代には、朝顔は普通に栽培されてたってことですよね。
いちばん最初に『変化朝顔』が現れたのは、江戸時代の中頃で、岡山で変わったものが出始めたんだそうです。それが江戸に伝わって、文化文政の頃、いろんなものが作られていったんです。」

――それは、突然変異なんですか。

「そうです。一番古い変化ものの図版として記録が残っているのは、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう、江戸時代中期の絵師)の絵です。白と青の雀斑の朝顔と、鶏の絵を描いていますね(「向日葵雄鶏図」)。
平賀源内も、博覧会(物産展)をしたときに、10種類ほどですが変化朝顔を展示したりしているんですよ。
徳川幕府の徳川家が、すごく花好きだったんです。家康、秀忠、家光などの歴代の将軍たちが大の花好きで、将軍様が花好きだったら、大名も花を愛でるでしょう。だからお花が盛んだったわけです。吉宗も上野の山に桜を植えさせて、一般庶民に花見を奨励した位ですし。
江戸っ子の気質のせいか、ちょっと変わったものが出来ると、俺も欲しいぞって思ったようで、突然変異はお金になったんですよ。普通だったら10文のものが、1両で売れるぞ、ちょっと儲けられるぞ、って。」

――突然変異が出来たら、しかるべきところに売りにいくんですね。

「だからみんな、ちょっとした変化でも、見逃さずにチェックしてたんですよ。それで変わった花が増えていって、文化文政期にはブームになったんです。
変わったものを集めて、交配させて、もっと変わったものを作ってたんですね。」

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