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いつかは田舎暮らしをしたいと思っている私が、地方に移り住んだ人達の体験談を聞いてみるシリーズの第7弾は、林業に明るい未来を感じて、映画の助監督から林業へと転職した人の話。

林業を継いだ理由

山形県西村山郡大江町の庄司林業という、おじいちゃんが創業した会社にUターン就職したのが、庄司樹(しょうじいつき)さん。友人の友人ということで、この日が初対面である。

私には継ぐべき家業がないのだが、漁業や農業に比べて、林業がどんな仕事なのか全然イメージができないので、ちょっと話を聞いてみた。

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庄司樹さん。なぜか林さんって間違えて覚えてしまった。林業だからだろうか。

「『樹(いつき)』って、すごくいい名前ですね。まさに林業の申し子。今おいくつなんですか?」

「今にじゅう…いや30歳です。庄司林業は、うちのじいちゃんがはじめた会社で、今は父が社長をやっています。」

「去年の4月から林業をはじめたそうですが、それまではなにをしていたんですか。」

「映画の助監督です。24歳のとき、たまたま山形で劇場映画の撮影があって、友達からボランティアスタッフをやってみないかっていう話をされて、応募したらいきなり助監督に抜擢されてしまい、それからそのつてで東京に出て、フリーで助監督を始めました。」

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庄司林業オリジナルTシャツがかっこいい。

「映画の助監督から林業に切り替えたきっかけはなにかあったのですか。家業とはいえ、全然職種が違いますけど。」

「友人の一言がきっかけです。東京のパソコンメーカーで働いていた友人が、あるとき『林業をやる』って急にいいだして、自分の中で天地がひっくり返るくらい驚いたんです。なんでこいつが林業をやりたいって思ったんだろうと考えるようになって、いろいろ調べたら、今は林業に追い風が吹いていることがわかりました。」

「日本の林業って、外国産の安い木材に押されて、大変なイメージがありますけど、映画の助監督より魅力的ですか。」

「僕が助監督をやっていたのが邦画バブルの終わり頃からで、人並みに稼いでいた時もあったんですが、だんだんと業界全体のギャラが下がってきてしまい、これでは人生を組み立てられないなっていう不安が数年前からあったんです。実際に50~60代の一部の先輩は職を変えています。そこに大震災の自粛ムードで、決まっていた映画やCMの仕事が全部なくなりました。もちろん、助監督を仕事としてちゃんとやっている人もいるけれど、やれなくなる人もいる。もし自分もそっちにいってしまったら、家族を養えない。そう考えたら、いろいろな可能性を秘めた林業が魅力的に見えてきて、今はもっと魅力的に見えています。」

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庄司さんに転職のきっかけを与えた友人は、なぜかピエロの格好をしていた。

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