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北イラク・アルビル郊外のバハルカ難民キャンプの子どもたち(撮影:相沢恭行さん)

シリア内戦では、200万人とも言われる人々が難民として国外に逃れています。難民となって故郷を追われた人々は今、どんな境遇にいて、どんな思いで過ごしているのか。イラク戦争以降、イラクへの支援と文化交流を続けるNGO「ピースオン」の相沢恭行(あいざわ・やすゆき)さんは、9月17日から26日にかけて北イラクのシリア難民キャンプとヨルダンの首都アンマンを訪問。難民支援活動を通じてシリアの人々と交流してきた相沢さんに話をききました。

出口見えない内戦 反体制派の内紛も

――やっちさん(相沢さんの愛称)、今日はよろしくお願いします。読者の方にご説明すると、実は筆者はピースオンの活動をブログ制作などを通じてちょっとお手伝いしていて、相沢さんとお呼びするよりもニックネームの「やっちさん」の方が親しみがあるわけです

斉藤さん、ごぶさたしております。こちらこそよろしくお願いします。

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<相沢恭行さん> 宮城県気仙沼市出身。1971年生まれ。96年まで音楽を中心に活動。その後アイルランド留学等を通じて国際交流に力を入れる。2003年2月、「イラク国際市民調査団」、3~4月、米英軍によるイラク攻撃の最中「HUMAN SHIELDS」 (人間の盾)に参加してバグダード陥落まで滞在。2003年10月、再びイラクを訪れ、NGO「PEACE ON」を設立。バグダード在住の現地スタッフとともに、障がい児へのスクールバス支援や文化交流活動を始める。国内では各地講演会やイラク現代アート展を中心に活動。共著に『「戦争への想像力」いのちを語りつぐ若者たち』(新日本出版社)ほかがある
※記事中の写真は相沢恭行さん提供

――今回の訪問では、どんなことをしましたか

北イラクのアルビルという街にあるシリア難民キャンプに行ってきました。ここではJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)が支援を行っていて、粉ミルク600缶を配布する作業を手伝ったりしながら、難民の方々の話を聞きました。

また、アルビルでは私の親友でピースオンのイラク人スタッフと会い、彼とその家族を支えるために日本で託されたカンパを本人に渡しました。その後、ヨルダンのアンマンに移動して、内戦で負傷したシリア難民が入院している病院で話を聞いたりしたほか、ピースオンはイラクとの文化交流事業としてイラク現代芸術作品の販売を行っており、その売り上げを制作者に手渡す、ということもしました。

――アルビルの難民キャンプの現状はどんなでしたか

アルビル郊外の、倉庫跡のような場所にあるバハルカ難民キャンプを訪れました。イラク北部はクルド人が多く住む地域なのですが、今年8月中旬にシリアとの国境が開放されて、大量の難民がクルド地域にも流れ込んできました。バハルカにいるのは4千人とも6千人とも言われ、いろいろな物資が足りず、混乱している様子がうかがえました。

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バハルカ難民キャンプ。手前のテントにはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のマークが見える

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粉ミルク缶の配布活動

実は私は去年、ヨルダン国内のシリア難民キャンプも訪れているのですが、当時はキャンプ内が殺気立っているように感じました。バハルカはキャンプが出来て1ヶ月でしたが、その時見たよりは多少落ち着いているようでした。子供たちもたくさんいて、元気な様子でした。

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